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私が思うお子さんの成長について4 偏差値と「純粋な学力」の関係

今回は偏差値と「純粋な学力」という、

一見、矛盾するような二つのものの関係について

私の思うことを述べていきたいと思います。


<相容れない基準?>
ここまで連続して、「純粋な学力」とは、

人として生き、職業生活を営んでいくために

必要なものであり、また、いっそう高次の知識を

身に付けるための道具であると、ご説明してきました。


このような学力は受験の際の学力を測る

偏差値とは関係なく、別のものであるとの

印象をもたれる方もいるかと思います。


<偏差値が表すもの>
お子さんの偏差値は、模試を受けることで

判明します。


偏差値は、受験に必要な知識や思考力が

どれだけついているかを表すもので、

たとえば、どれだけ英語の知識があるか、

どれだけ数学の問題を解けるか…といったこと測定します。


<現実として>
私が接してきた生徒の結果から判断して、

「純粋な学力」と偏差値で示される力には

重なる領域がなく、たとえば「純粋な学力」が高い

お子さんが、偏差値が高くないということは多々あります。


しかし、このこととは矛盾するかのようなこともまた多々あるのです。


それは、偏差値を上げることを目的として

いわゆる受験のための知識を増そうと、


英単語や歴史の用語の暗記など、「純粋な学力」とは

直接かかわりのないことに必死になっているお子さんは、

いつの間にか、その過程で「純粋な学力」も手に入れている

とうことです。


このことの詳しい原理についてはここでは

触れませんが、「学歴としての学力」を

手に入れようとした結果、


「純粋な学力」も手に入れしまった…という

例はひじょうに多いのです。


<どちらが大切?>
世間一般や多くのマスコミで

受験勉強など大して役に立つものではないと

いわれています。


現実には、わたしは、受験勉強はかなり

それ以後の生活に生かせるものだと確信しています。


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